*


〜カラダとなかよく きもちよく〜 アレクサンダー・テクニークで解放する自由なカラダと遊び心
HOMELESSONWORKSHOPATPROFILEBLOGMAIL
レッスン
ワークショップ
アレクサンダー・テクニーク
料金
体験談
ご予約&お問合せ
講師について
ブログ
メール
リンク
その他の活動

Profile






オカナオ

アレクサンダー・テクニーク 教師

Alexander Technique International公認
日本アレクサンダー・テクニーク協会所属
日本大学藝術学部演劇学科非常勤講師


 東京港区で医師の家庭に生まれ育つ。踊りを習っていた少女時代から、相次ぐ事故での怪我とリハビリを経て、故障しない身体の使い方、自分の心身のしくみに興味を持つように。

 日本大学藝術学部演劇学科在学中より小劇場の舞台に立ち、演技するときの意識と身体のはたらきを調べ始める。その後、家族の介護、自身の心身不調を経て、アレクサンダー・テクニークの教師養成コースへ入門。

 アレクサンダー・テクニークを学び日常に活かすことで、自分をいじめてしまう無意識の習慣的な在り方から、のびのびと気持ちよく自分自身と協力し合えるようにシフトして、身体も心も喜んで働いてくれるように年々だんだん変化中。

 東京⇒ハワイ⇒大分と旅するような移住生活のなかで、自分という存在の楽しみ方を夫とサビ猫「みつ」とともに日々探求しています。。○

Twitter


        

  ⇒ 「活動履歴」 を読む
  ⇒ 「これまでの歩み」 を読む
  ⇒ 「キーワード」 を読む
  ⇒ TOP へもどる






Works



<経歴>

1994年04月  日本大学藝術学部演劇学科(演出コース)入学
1996年03月  『ベターポーヅ』 入団(以下に舞台歴)
1999年03月  日本大学藝術学部演劇学科(演出コース)卒業
2002年01月  アレクサンダー・テクニーク・アソシエイツ東京校入学
          (現・BODY CHANCE プロコース )
2005年08月  実習レッスン開始(教え始める)
2006年01月  ローザ・ルイザ・ロッシのもと、スイス研修に参加
2006年05月  アレクサンダー・テクニーク・アソシエイツ東京校卒業
          (現・BODY CHANCE プロコース)
2006年08月  ウィリアム・コナブルより神経エネルギーワークの指導を受け始める
2008年04月〜 日本大学藝術学部演劇学科非常勤講師 「応用演劇実習T」(前期)
2009年04月〜 同大学同学部同学科非常勤講師 「応用演劇実習T」(前期)
2010年09月〜 同大学同学部同学科非常勤講師 「応用演劇実習T」(後期)
2011年09月〜 同大学同学部同学科非常勤講師 「演劇特殊研究」(後期)


<師事したアレクサンダー・テクニークの先生>

 ジェレミー・チャンス (BODY CHANCE プロコース トレーニング・ディレクター)
 キャシー・マデン (ワシントン大学演劇学部 アーティストインレジデンス)
 ローザルイザ・ロッシ (「アウト・オブ・ボックス」 ディレクター)
 マリー・フランソワーズ・ルフォル (フランス、パリ在住)
 ルシア・ウォーカー (インプロビゼーション・ダンス・パフォーマー/インストラクター)
 ウィリアム(=ビル)・コナブル (元・オハイオ州立大学教授/チェリスト/指揮者)
 ヴィヴィアン・マッキー (チェリスト)
 アン・ワックスマン (アメリカ、ニューヨーク在住)
 ピーター・グルンワルド (アイ・ボディ・メソッド創始者)
 グレン・パーク (「変容の術」著者)
 磯村恵子(アレクサンダー・ヨガ指導者)
 木野村朱美                             ・・・etc.



<主な舞台歴>

1996年10月 ベターポーヅ 「しみひとつない」 @ベニサン・ピット
1997年08月 ベターポーヅ 「御大切」 @ベニサン・ピット
1998年01月 ベターポーヅ 「ボインについて、私が知ってる二、三の事柄」 @こまばアゴラ劇場
1998年06月 ベターポーヅ 「カエルとムームー」 @下北沢劇小劇場
1998年08月 WANDELUNG 「チュッパチャプス」 @江古田ストアハウス
1998年10月 ベターポーヅ 「GREAT ZEBRA IN THE DARK `98」 @青山円形劇場
                                           (青山演劇フェスティバル「悪」に参加)
1998年12月 ベターポーヅ 「オトメチック・ルネッサンス」 @渋谷ジァン・ジァン
1999年04月 ベターポーヅ 「おやつの季節」 @下北沢ザ・スズナリ
1999年08月 ベターポーヅ 「別ルネ 接吻は愛の速記術」 @渋谷ジァン・ジァン
1999年12月 青島レコード 「Quiz」 @新宿シアター・モリエール
2000年04月 ベターポーヅ 「特性のない男の編み物」 @下北沢ザ・スズナリ
2000年04月 ベターポーヅ 「特性のない男の編み物」 @扇町ミュージアム・スクウェア
2000年06月 青島レコード 「ドミンゴ」 @新宿シアター・モリエール
2000年07月 「ひなぎく」DVD発売記念オールナイト・イヴェント @シネセゾン渋谷
2000年12月 ベターポーヅ 「ノイローゼ・ダンシング」 @新宿THEATER/TOPS
2001年06月 ベターポーヅ 「別ルネ 雲絶間の姫」 @下北沢ザ・スズナリ
2001年06月 ベターポーヅ 「別ルネ 雲絶間の姫」 @扇町ミュージアム・スクウェア
2002年04月 日本大学芸術学部演劇学科作家索引研究T(藤崎師)
         「チェーホフ・ゼミ 三人姉妹」 @小茂根SAIスタジオ
2002年12月 演劇ぶっく100号記念イベント 「エンブナイト」 @下北沢本多劇場
2003年02月 ベターポーヅ 「 ビール樽が熊の毛皮を着込んで心臓をふくらませています」 @新宿THEATER/TOPS

  ⇒ 「これまでの歩み」 を読む
  ⇒ 「キーワード」 を読む
  ⇒ TOP へもどる






Story



Q.

どうしてアレクサンダー・テクニークの教師になったのですか?

A.




































 バレエを習っていた中・高生の頃から、からだの使い方とこころのことを教えてくれる塾があったらいいのに、と思ってずっと探していました。でも、残念なことに当時見つからなかったので、ずっとそういうクラスがあったらいいなと思い続けていました。大学受験直前には、事故で足を骨折して、大学入学した後半年の間もリハビリをする中で、片足で生活することや、事故のショックで変わってしまった自分をどう扱っていいかわからなくて、バランスを崩したからだはもちろん、心のケアやガイドをしてくれるようなサポートがあればいいのに、とずっと思っていました。

 大学3年のときに、演技をするときの意識とからだはどんな状態にあるのか知りたくて、劇団に入って自分も舞台に立ち始めました。卒論のテーマも「演技身体論」を選んで、演技がうまくいってるときの意識とからだや、いい役者ってなんだろう?ということを調べていました。表現体としての人間がどんな状態にあるのか知りたくて、卒業後も舞台に立ち続けました。

 お芝居をしたり、ダンスをしたり、故障をしたり、介護をしたり、周りの人が病気になっていく様子を目の当たりにしたり、その中で身も心もぺしゃんこのスクラップのようにくたびれていく経緯がありました。あるとき知った「アレクサンダー・テクニーク」という「からだの“ただしい”使い方」を身につける方法を学んだら、人間の色んなことが明確になるんじゃないか、理解できるんじゃないか、というインスピレーションがあって教師養成学校を探して、授業に飛び入り参加させてもらいました。

 クラスで順繰りに自己紹介をしていて、それぞれの人が話している間、トレーニングディレクターのジェレミーがその人のからだに手を置いて、からだ本来の方向性をやさしくガイドしてくれるのですが、それぞれの存在が立体的になっていく様子に興味を惹かれました。わたしに順番がまわってきたときに、自己紹介をしながら、肩や背中に触れてくれるジェレミーの手が「なんとやさしい手なんだろう・・・」と味わっているうちに、あまりにもいつもの自分とからだの広さが違いすぎて言葉を失ってしまいました。そこでの深い精妙な体験があまりにも鮮烈で、「こんなにも自分のからだは静かで大きかったのか・・・」と愕然として、しゃべり方を忘れてしまうほどのショックを受けました。その体験があって初めて、どれだけ自分が自分を潰して生きてきたか、自分を尊重するかわりに他の都合や外側のものを優先させすぎてきたか体感で深く理解し、それが腑に落ちたすばらしさと勢いに情熱をかきたてられて、アレクサンダー・テクニークの教師になることを決心しました。

Q.

どんな経緯でアレクサンダー・テクニークを知り、学び始めたのですか?

A.




























 19歳のときに心身のバランスを崩して、大学をやめようかと思い進路を迷っていたときに、クレイアニメーション制作についてか、アロマセラピーや調香師の資格がとれるところがないかとさがしていました。問合せをしたうちのひとつのあるスクールから、アレクサンダー・テクニークの短期講座をしているチラシが送られてきて、そのときに初めてアレクサンダー・テクニークを知りました。でも、当時大学生のわたしには、1日の参加費15,000円を出せなくて、いつか受けてみたいとチラシをずっと大事に取っておきました。

 大学を卒業した年の秋に、鴻上尚史さんのサードステージ主催で、初めてアレクサンダー・テクニークのワークショップに参加しました。約半日のワークショップで8,000円だったので、観劇チケット代くらいだからこれなら出られる!と思ったのを覚えています。からだの構造や呼吸するからだについてを学べるのが面白くて、とても新鮮だったのを覚えています。わたしにとって初アレクサンダー・テクニークのワークショップで講師だった小野ひとみさんは、関西在住で、英国でトレーニングを受けてこられた方だったので、なぜかすっかり「アレクサンダー・テクニークのレッスンは関西じゃないと受けられないらしいし、教師になる資格も、海外に行かないととれないらしい」と思こんでしまって、それ以後、情熱と関心はだんだんと薄れ、舞台活動に専念していました。

 そんな中で、家族が相次いで療養や入退院を繰り返す状態となり、「生きているうちに本当にあなたのしたいことをしなさい」と家族から声をかけられ、自分の道を模索し始めました。そのときにアレクサンダー・テクニークのことを思い出し、「文明がかわっても、人間そのものの存在は何千年も変わらないから、一生の仕事にできそうだ」と思って、ネットで検索して一番はじめにヒットした学校に体験入学で参加しました。

 そのときの体験と、生徒の個性と年齢層のばらばらさをはじめ、クラスの自由さに惹かれてトレーニングスクールへの入学を決意しました。

Q.

色々なものがある中で、なぜアレクサンダー・テクニークを選んだのですか?

A.



















 じつは、先述のサードステージ主催のアレクサンダーテクニークのワークショップに参加した夜中から知恵熱を出してしまい、その翌日に予約していたフェルデンクライス・メソッドのワークショップには参加できなかった、ということがありました。もしも、そこでフェルデンクライスに先に出会っていたら、フェルデンクライスを選んでいたかもしれません。

 わたしにとって、初めて出会った心身訓練のメソッドがアレクサンダー・テクニークで、2002年から4年以上のトレーニングを受け、今も学びつづけているので、アレクサンダー・テクニークのプロセスはすっかりわたしの一部となってしまいました。

 他のメソッドやエクササイズにもとても興味がありますし、学ぶ機会がやってきたら大歓迎なので、今後また新たな何かを学ぶこともあるかもしれないし、アレクサンダー・テクニークを中心に進んでいくのかもしれないし、未来はまだまだ未知で楽しみです。

  わたしにわかっていて今言えることは、アレクサンダー・テクニークにご縁がつながるよう布石が打たれていた、ということと、これからも必要なご縁につながるように日々布石が打たれていっているのだな、ということだけです。自分にやってきたことや、起こったことがどうつながっていくのか、後になればなるほどだんだんとわかってくるのが面白いですね。

Q.

どうやってアレクサンダー・テクニークの教師になるのですか?

A.














































 アレクサンダー・テクニークの教師になるには、国際基準によると「フルタイム(平日5日)で3年以上かけて、1600時間以上のトレーニングを受け、教師と認定されること」が必要です。ただし、日本では「4年以上をかけて1600時間以上のトレーニングを受けること」が必要条件とされています。これは、日本のなかに平日3時間×5日間のフルタイムのトレーニングをしている養成校がなく、週末や連休などに集中して学ぶ変則的スケジュールであるためです。

 わたしの受けてきたトレーニングの内容としては、1〜2年目はアレクサンダー・テクニークの体験を充分に受け取ること、ひたすらレッスンを受け、体験し、見聞きして慣れることに費やされます。3年目になると、教えることについて学び始めますが、その内容は、「教える」ということについて「自分がどのような反応をする習慣的パターンがあるか」をひたすら観察し、それに気づいては払いのけ、教える場面でもニュートラルな状態でいることを学びます。4年目に近づく頃には、実際に教えることを学びます。自分がレッスンを教えるところを見てもらいながら、教える場面でどんな可能性があるか指導を受けます。そして、3人のトレーニングディレクターから認定試験を受けて許可をもらうと、仮免許のように対外的に教え始めることをゆるされ、実習レッスンをスタートできます。

 アレクサンダー・テクニークの教師トレーニング終盤の実習レッスンでは、教育実習生のように、実際に教える経験を積みます。生徒を募集して、1人の生徒と5週で10回のレッスンをして、レッスンについてのレポートを書いてもらい、自分もレポートを書き、それぞれを英訳してもらいトレーニングディレクターに提出し、面談を受けます。その面談で合格をもらうと、次の生徒とのレッスンへすすみます。これを最低5人の人とやることが、卒業までの課題となっています。わたしは、5人の方と50レッスンの課題のほかに、13人の方と約50回のレッスンを経験させていただきました。そのほかにも、F.M.アレクサンダーの書いた文献を読むとか、一部の要約をまとめるとか、ゴールデンウィークの合宿に参加をするとか、ワークショップを教えるなど、色々な課題があります。

 フルタイム以外にも、自分の仕事を持ちながら、授業を受けられるときに受けて学び続けるパートタイムのシステムもあり、色々な学びの段階やトレーニング期間の人が入り乱れて一緒に学習していきます。理解が違うものどうしが学びあい、教えあうことによって、それぞれの中で必要な学びがサポートされていきます。人間同士が個性をさらけだして学び合うので、時には互いに誤解したり、険悪になったり、仲良くなったり、距離を置いたり、色んなことがあります。トレーニングスクールは、それぞれの自分の素の状態に素直になることがゆるされ、ありのままが受けとめられている場としても機能しているので、ときに大きな安らぎを得るために通うこともありました。

 わたしは2002年1月からトレーニングを受け始め、2006年5月のゴールデンウィーク合宿で卒業したので、実質4年4ヶ月かかりましたが、人それぞれ背景や状況によって、4年になるかならないかくらいで卒業をゆるされる人もいたり、10年ちかく時間をかけて学んでいる人もいたり、様々です。学んでいる間に、自分を取り巻く環境や状況が変わっていきながらも学び続けることができること、人生そのものにアレクサンダー・テクニークを応用できるところが、アレクサンダー・テクニークを学ぶいちばん面白い醍醐味だと感じています。卒業しても、それは変わらぬ知恵となって、わたしを公私ともに支えてくれています。

  ⇒ 「活動履歴」 を読む
  ⇒ 「キーワード」 を読む
  ⇒ TOP へもどる






Keyword


    

習い事などかじってきたこと

 ジャズダンス(4年)、リトミック(2年)、声楽(5年)、クラシックバレエ(5年)、モダンダンス(5年)、コンテンポラリーダンス(5年)、日本舞踊(7年)、ベリーダンス(3ヶ月)、乗馬(3年)、Nonviolent Communication(NVC)(4年半)、アレクサンダー・ヨガ(4年)、茶道(表千家)(3年)、太極拳(2年半)、フラダンス(3ヶ月)、パーソナル・トレーニング(3年)


好き

 猫と植物と鉱物と暮らす生活、ホメオパシーなどのホリスティックな手当て、市場めぐり、家庭菜園、温泉、ピクニック、お月見、発酵もの、手づくり実験、アレクサンダー・ヨガ、ハーブ、スパイス、フラワーエッセンス、旅行、茶碗蒸し、プリン、たこやき、コリアンダー、生姜、からっぽになること、やさしくてきもちのよい音楽、少量多種、地球と循環する生き方、早川ユミ、長新太、高野文子


こどものときになりたかったもの

肝っ玉ばあちゃん、仙女、職人、旅する物書き、ネイティブ・アメリカン


これからやってみたいこと・興味・ビジョン

循環する生活、根ざすことと旅することの両立、パフォーマーやアーティストや感性豊かな人たちのサポートとそのための学びと自己成長


  ⇒ 「活動履歴」 を読む
  ⇒ 「これまでの歩み」 を読む
  ⇒ TOP へもどる



 サイトマップ